杉浦康平のデザイン
Mandala Design sachiです。
『杉浦康平のデザイン』臼田捷治著 を読みました。
全般に渡って著者の、杉浦康平への強い敬愛の念が感じられる、とても感じのよい一冊。杉浦康平の独創的な才能が年代別にまとめられており、たいへん貴重な資料でもあると思った。
(画像はAmazonより転載)
自分が杉浦康平の名を初めて知ったのは1982年。暗黒舞踏集団・大駱駝艦公演を観に行ったときのこと。
杉浦はポスター、フライヤー、チケットなどのデザインを担当していた。まだ子どもだった自分はそのぶっとんだセンスに打ちのめされた。
鋳態麿赤児「スサノオ」@日比谷公会堂のフライヤー(1982年)
(今も現物を大切にとってあるんです!)
ちょっと怖いなと思ったけど、目が離せない魅力…明朝体の端正なかたちや、文字の大きさやはたまたちっこさや、縦組・横組の配置のバランス、見れば見るほど美しかった。
左右対称で、真ん中にモチーフがあり(イラストは渡辺富士雄による)金色の放射線が広がっているのが当時のわたしにはたまらなくスタイリッシュに感じられた。しびれてしまったのだ。
自分はお部屋にこのデザインのポスターを貼り、朝に夕に眺めては目を細め、うっとりとした。それが杉浦康平・原体験。
杉浦康平のライフワークといってもよい仕事の一つに1970年創刊の『銀花』(文化出版局)の表紙デザインがある。
残念ながら2010年で休刊となった。
同誌の印刷を担当した大日本印刷(旧・秀英舎)の固有の活字書体、「秀英体」が凛として美しい。
オモテ表紙
ウラ表紙
季刊『銀花』1983秋55号
(画像はAmazonより転載)
『銀花』の表紙デザインは毎回同じではなく、それぞれの号で様々な工夫がこらされていた。
「表紙は顔である」
とする彼の独自のコンセプトにもとづき、目次や内容と響き合う表紙デザインが展開された。
上の号は特に異彩を放っていたもの。タイポグラフィの(垂直線からの)傾きの角度は、地球の自転軸23.5°(黄道傾斜)と一致しているのだそう。
この傾斜角は、時速1,700キロで自転する地球に住む我々の「目もくらみそうな酩酊感覚」(杉浦氏)を呼び覚ます仕掛けだとのこと!
紙のぎりぎりまで文字があり、印刷所泣かせのデザインだったそうだ。
『暗黒への出発』高橋和巳著 徳間書店 (1971年)
『わが解体』高橋和巳著 河出書房新社 (1971年)
(画像はこちらからお借りしました)
素晴らしい。ただただ気持ちよい。理知的な活字の配置が中身を表している(のだろうが、読んだことはない…)。
こちらの装丁は、当時の朝日新聞のコラムでこのようにご紹介された。
ー 適切な言い方ではないかもしれないけど、出版としては、ややカタイほうの部類に入る。カタイ本を売るには、とっつきやすいヤワラカなデザインで、というのが商業主義的な行き方かもしれない。だが、ここでは逆に、すみずみまで、端正な、きちんとしたカタイ装本で始終する。徹底したすがすがしさ。活字のクールな美しさを魅力的に生かしている異色のブック・ケースと言えよう。装丁者として杉浦康平とある ー
(1971.3.23付朝日新聞より)
〜『杉浦康平のデザイン』臼田捷治より引用
こちらも同様に美しい。
『光・運動・空間 : 境界領域の美術』石崎浩一郎著 商店建築社(1971年)
(画像はこちらからお借りしました)
臼田氏は杉浦康平のブックカバーデザインに関して、
「スイスを中心として成熟を見たグリットシステムの、日本独特の縦組への創造的運用として注目されると私は理解している」
と書いているが、まさしくその通りだと思った。
この麗しく構造的な美を生み出しているのは、杉浦康平が藝大建築科出身であることも関係しているのだろうな。
そして、杉浦康平の仕事で代表的なものの一つ。
それは、松岡正剛との共同企画で完成した
『全宇宙誌』工作舎(1979年)
画像は『全宇宙誌』を知っていますか?|フクヘン。さま
よりお借りしました。
もうね。垂涎ものなのです。
↑表紙側から木口(紙の重なった断面)を見ると、アンドロメダ星雲が現れる。
↑裏表紙側から木口を見ると、それは星座図に。
40年前の出版。ほしい。だが、もはや手に入らない。。
そして稲垣足穂の『人間人形時代』工作舎(1975年)
こちらの小宇宙は自分の本棚に持っているしまだ買える!
曼荼羅ポスターの前で黒々と輝くおれの『人間人形時代』
魅惑のオモテ表紙。直径7ミリの穴がウラまで貫通しているよ。「人間の口と尻はつながっている」という足穂の論に沿った試みだという。中央に金色の小さな文字があるが小さすぎて見えないし、よく読めない。むしろ読ます気ゼロ!
1ページごとに挿し絵?が違う。贅沢過ぎる。タルホもきっと嬉しいと思う。
「人間人形時代」の部分はページのぐるりがパラパラ漫画になっている。
杉浦康平は、1980年代からはアジアの図像に傾倒し、曼荼羅やアジア固有の世界観を表すデザインを多く手がけるようになった。
彼自身も〈万物照応劇場〉シリーズと称して、『日本のかたち・アジアのカタチ』(三省堂、1994年)、『宇宙を呑む』(講談社、1999年)などの著書を出すようになる。
2011年10月〜12月に武蔵野美術大学美術館で催された「杉浦康平・脈動する本」展(こちらは本当に見応えがあった!)では、曼荼羅を主題にした豪華本も展示された。
http://mauml.musabi.ac.jp/museum/archives/228
『伝真言院 両界曼荼羅』石元泰博 平凡社 (1977年)
美術品のような壮麗な美しさに目をみはったのだった。
もう一度見てみたい。
杉浦康平は日本の宝!まさしく唯一無二だと思います。
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