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アンティーク蜻蛉玉(とんぼだま)アクセサリ作家 haruは、10月の赤道を越えインドネシアはバリ島へ渡った。幾度となく訪れたこの土地であるとは言え、ングラライ空港に降り立ったharuの横顔は、ほどよい緊迫感にひきしまって見える。
現地発掘関係者との直接交渉の場に同行した。
「わたしにとって、アンティークの蜻蛉玉というのは実に不思議なものです。 |
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「幼い頃からわたしは、さまざまな形の束縛から自由になることを願い、迷い、格闘してきました。また、自分自身による、自分へのきめつけこそが、もっとも頑固な「洗脳」であることにも気がつきました。今日も昨日と同じキャラクターの自分を続けること、明日もきっとそのようにふるまうであろうということ。ここで笑い、ここで怒り、ここで涙を流す。自ら作った自分という殻の中だけで生き続ける。はたしてそれは、自由と言えるのでしょうか。自分の感情ですら、すでに決められたやり方を用いて、表現しなければならないなんて!例えば、わたしは闘病し必死に生き抜いた末に亡くなった大切な人とのお別れの場において、ただ涙を流し続けるだけではなく、「よく頑張ったね」そう言いながら本当は大きな拍手を贈りたいと思うのです。会えなくなるのはもちろん辛いけれど、拍手をして讃えながら、お見送りしたいのです。でも現実問題、お葬式で拍手する人はちょっと、でしょう?(笑)窮屈だなあと感じます。自由な気持ちを表現したいのに。窮屈なのは苦しいですね。楽になりたいとずっと思ってきました」 |
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たびの最終日、haruはバリの寺院にあるチャンディ・ブンタル(割れ門)の前で履き物を脱ぐと、何かに導かれたかのような自然な動作でゆっくりと安座した。しばらくのあいだ、目を閉じている。静かな呼吸を楽しんでいるように見える。
「蜻蛉玉を見つめているときにわたしが感じる不思議な感覚のことですが、それは、祈りを込めてこれをつくった太古の人々の想いが伝わってきているのだ、と思うのです。 |
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「蜻蛉玉というメディアにのったそのメッセージを、いつでも身につけることのできる装飾品という形にして、一人でも多くの方にお届けすることができたら。手にしたお一人お一人が、本当の自分に出会うことができたなら。そのためのお手伝いができるのなら、こんなにうれしいことはありません。多くの人が本来の自分に還ることにより、歪んでしまったこの世界も、いずれ本来の姿をとり戻していくことでしょう。わたしは、そのアクセスポイントでありたいと思います」
「もう迷いはありません」 |
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